最初の客人は

海の波音がよく聞こえる。
窓から見ればキラキラと光る波が美しい。
道路を走る車や貨物トラックのタイヤの音なんて皆無だろう。
そんな道路を挟んだ海辺の一日に朝昼夕と僅か五回しかバスが停まらないバス停の隣に喫茶 香風がある。外観は店内の趣がある雰囲気とは真逆な海にマッチさせるようにマリンブルーの店。
今はまだ誰も来ていない店内で大きな鍋に火をかけて黙々と杓文字を回す。今日来る私にとっての最初の客人のリクエストで焙煎機を使っていないコーヒー豆を焙煎直後にリクエストされた。私にとっては実に迷惑な話だが仕方がない。あれから直ぐに生豆の選別をして今に至る訳だ。中身はまだ焦げ茶色になっていないコーヒーの生豆。しばらくするともくもくと煙が立ち上り店内にアロマを焚いたようにコーヒーの匂いが広がる。
十分後。
パチパチと爆ぜる音がした後にコーヒーの豆の色がグラデーションのように変わっていく。
「よし。」
真っ黒でもなくて薄い茶色でもない普通の茶色よりも濃い色の茶色のコーヒー豆が出来上がる。
鍋の火を落とし、茣蓙に豆を広げてすぐに扇風機で冷やす。
「おいしくなれ。」
おまじないをかけるように豆を混ぜる。
手で触る豆の温度を感じながら。
がざがざ、がざがざ。
海のさざ波のような音を立てながら。
しかも早く。
時計を見る。
針が八時を指していた。
「そろそろ…、ご来店かな。」
ドアのプレートをcloseからopenに変え、黒板のウェルカムボードに白いチョークで書いた。

『本日のモーニングの貸し切り 『彼女』を知る紳士様一名。』

ドアの右隣にボードを置くとバスが停車する音が耳に入る。
バスから降りる一人に向かって言う。
「いらっしゃいませ。」
ドアを開けて店のカウンター席へと案内をした。